自分を知るためのお茶:『神様に愛される一杯の「お茶」習慣』読後感想
勉強やデスクワークが多く頭を使いすぎな日常に、お茶の習慣を通して体と心の癒しかたを教えてくれる本です。
頭の使いすぎな日常
日頃からスマホで動画を見たり、調べもので文章を読んだりする。悩みがあったら調べてみてやってみる。正解ありきで行動する。現在を分析して合理的に効率よく生きようとする。そんな生活を続けていた私は、日本は少子高齢化で先が不安だ。もっと稼いで楽をしたい、老後は楽に暮らしたいからお金を貯めたいと、悩みばかりが積みあがるばかりでした。その結果、仕事がうまくいってもストレスがたまり散財する。知識は増え見える範囲が広がると、余計に考えることが多くなる。そして、気づくと疲れ果ててしまう。そんな人は私も含めたくさんいると思います。「なぜ幸せになれないか?」をお茶を飲む時間を通して見直すきっかけとなる一冊をご紹介します。
著者について
本書は、青年と茶人の対話形式で進み、砕けた文章で読みやすくとても学びがあった本です。本書を書いた茶人こがみのりさんは、お茶屋「茶肆ゆにわ」の店長を任されている方です。またお茶を愛している人でもあります。つぎの文章から私はそう感じました。
本書でお伝えしたいのは、美味しいお茶の淹れ方、すなわち”幸せな生き方”を見つけるための方法です。(P15抜粋)
真我と自我とは
本書にある恐怖によりあるべき自分が作られているという言葉は、とても深くささりました。
”あるべき自分”というのは植え付けられた恐怖心から逃れるために、いわば”反動”として作り出された幻ってこと。(P32抜粋)
私は何かやるときは、自然とお金や効率を気にするようになっていました。特に社会に出てからは、比べられることが多くなることから、より顕著になっていたと思います。社会の評価はお金に関すること。そこから外れると出来ないやつと思われてしまう。周りからつまはじきに扱われる恐怖で、体を動かしていたことが多かったです。
本書では、私が言うところのお金の物差しで、なんでもお金や効率重視で考える自分を「自我」と呼び、ほかに「真我」があるとおっしゃっています。
「真我」は、未来も今も、ずっと変わらない、本当のあなたのこと。
「自我」は、これまでの経験によって形作られた「私ってこんな人間」という認識と、そこから派生する欲求、思考、感情のこと。(P30抜粋)
「真我」とは私の理解では、生まれた時からもつ五感や感情が結びつく記憶のことです。考えが煮詰まったときは、散歩をして気持ちがサッパリすると案外アイデアが浮かんでくることが多いです。なぜ浮かんでくるのか、頭だけで考えていたものが無意識のうちに他の五感や感情が絡む情報も含めて判断されるからだと考えています。つまり、頭の中の作業台に情報を並べる手段として、感情や五感を鍵として過去の記憶を呼び起こし、パズルのように解決法を組み上げる方法があると考えています。
お茶を通して五感を楽しむ
現代のように頭だけで考えるのではなく、「真我」とつながることで今の悩みを見直す。または、五感に意識を向ける習慣で、お金の物差し以外の物差しを見つける。
本書では「真我」に出会う方法として、”あるべき自分”を作る恐怖心から解き放たれることが必要だとおっしゃっています。
何も”変わる”必要なんかないんですよ。一切の恐怖心から解放されて、過去の汚泥をはぎ取ったら、あなたの真我がひょっこり顔を出しますから。(P34)
その中でも、”神気”が入ったお茶を勧められており、実際にワークフローとして本書には試すための護符と具体的な手順が付いておりとても参考になりました。このあたりをスピリチュアル的だと毛嫌いする方がいらっしゃいますが、感情や五感を通して過去の記憶を呼び起こすための儀式として受け止めると入りやすいと思います。
今回は21日間の朝茶習慣として書かれている1日目の内容を私の視点で感想を書きました。1日目以降も、茶器に名前をつける、専用化して神社化するなど、とても学びになる内容でした。また間に挟まる写真には癒され楽しんで読めました。
おわりに
たしかに頭で考えることも大切です。しかし現代は頭に偏りすぎています。お茶を入れるひと時が、五感を刺激して「真我」を呼び起こし、「お金」以外の物差しで物事を考える力を養える。お茶を通して、自分を知ることができる。そんな具体的な方法をこの本を通して学びました。今の家にあるもので朝からお茶をいれる。ポットにお湯を注ぐ音や、湯飲みに注いだときの香り、お茶を一口含んだときの温かみやほのかな甘みを感じると、思わず「うまい」と一言こぼれてしまう。それだけで、情報に振り回されない自分を感じています。
